どのような出会いも大切にできる

子どもを持つかどうかは個人の選択であり、第三者がどうこう言うべきものではありませんよね。また、結婚や子ども以前に、仕事や勉強などこれから先の人生に必要なものも多くあります。そのような風潮・環境に、自由を保証されたように感じることもあるでしょう。けれどもだからこそ「自分はこうする」という確固たる気持ちを持たなければ、時間だけが過ぎてしまい、ふと「結婚したかったのに、子どもがほしかったのに、もう間に合わない」という事態にならないとも言えないわけですよね。すぐに結婚相手が見つかり、その後も幸せな家庭生活が送れる人と、そうでない人の違いは、一体どこにあるのでしょうかね。「この人と結婚しよう」と早く決断できる人は、その人以外の相手に対しても、「OK」と言える可能性が高いのに対し、結婚できない人は、誰が目の前に現れても欠点に目が行き、OKをためらうようですね。どういうことかというと、「結婚できる人」とは、人を受け入れる間口が広く、相手の長所に目を向け、うまく歩調を合わせていけるポジティブな人なのですよね。これがいいことなのかどうかは分かりませんが。でもどのような出会いも大切にできるということは素晴らしいですよね。出会いを幸せに結び付けられる人ということでもあるでしょう。

大切な人との大切な生活

私たちは皆よく使っている。落ち込みは、それ自体、とても強力なコントロールをもたらす行動である。強い落ち込みの中で、はっきり気づいていることは、みじめな感情である。この感情が行為、そして生理反応までもコントロールして、人の活動を鈍らせるのです。怒りを完全に遮断するには大変なエネルギーが必要です。そのため大変な疲労感を覚える。落ち込んでいるかぎり、何をする気力もない。私たちがすばやく効果的に落ち込むことができなければ、結婚はうまくいかなくなるし、家族や社会も機能しなくなる。落ち込みが夫婦問や家族間の暴力を抑えている。欲求不満に陥ったときに落ち込むことがなければ、道路や家庭は戦場と化してしまう。ほとんど毎日テレビで見ている殺人や傷害事件は、人が怒りを選択し、行動に移すと、どんなことが起こるかの良い例であります。もし彼らの少数でも落ち込んでくれたら、私たちも、彼らも今よりは良くなる。私たちのほとんどは、どのように落ち込むかを知っているし、うまく落ち込むことができる。この行動に自分の人生をかけ、世話が必要になる人もいる。この選択によって全く動けなくなって、機能できなくなることもある。しかし、それでもこれは選択である。もっと効果的に人生をコントロールする別の選択を思いつきさえしたら、落ち込みを選択しなくてすむのです。普段、こういった事はほとんどの人に意識されないので、一時の感情にすべてを振り回される結果となるわけです。それで大切な関係までをも破壊してしまうんですよね。でも、一度でもしっかりと自分の精神の構造を理解しておけば、大きな困難が襲ってきたとしても、なぜそのような状況に自分は陥っているのかしっかりと理解でき、適切な行動がとれるはずなのです。そして大切な人との大切な生活は維持されることになるんだと思います。

なぜ多くの人が落ち込みを選択するのか

四肢麻痺の患者に医師が「きょうは何をするつもりですか」といったような質問をすると、まるで狂ってでもいるかのような見方をされることもあるようです。そんなときに、何らかの活動(例えば、テレビの番組を見て、病室の仲間とその話をするなど)を提案することをしていた。顔を合わせるたびに、その質問をされるのを待っていて、何かを話す準備をしている人もあった。しばしば彼らは、何かをしたときに、気分が良くなったと話してくれた。このことから、いつものやり方を変えることに効果があることが分かる。選択理論の世界では、「今日の気分は」というようなあいさつの代わりに、「きょうはどうするつもり」とか「何か大切なことが起こっていますか」などの能動的な質問をするのです。 (さらに…)